子供との心のコミュニケーションをとる5つの方法
「コミュニケーションがうまくとれない」と悩み、傷ついている人たちが相変わらず多いことに驚かされます。
最近、とくに目立つのが、親子や夫婦などもっとも身近な人とのコミュニケーションがうまくとれないと悩むケースです。
そして、コミュニケーションをとるための努力を最初から放棄しておきながら
「わかってもらえるはず」
と期待し、失望するというケースです。
それは、おそらくメールやネットの掲示板でのコミュニケーションによつて受けた心の傷から立ち直れないというケースでしょう。
これらは一見するとまったく別の問題のようですが、実は、根底に横たわる問題は同じと考えられます。
すなわち、
「努力して話したり聞いたりしなくてもわかりあえるはず」
とコミュニケーションに対する楽観視が、トラブルや失意を引き起こし詔いると考えられるのです。
さらに、その背景には、
「他者も自分と同じことを考えているはず」
という前提があります。
そして、他者の考えや気持ちについて想像することをやめてしまう一種の思考停止状態が存在していると考えられます。
さらに、この思考停止はときとして他者にだけではなく、自分に対してまで発動される場合があるのです。
すなわち、自分の意思や感情について考えることさえやめ、心を丸ごと超越的な何かにあけわたしてしまうのです。
「何も考えずにあなたの守護霊の導きにまかせればいい」
といった霊感占いや占星術のブームも、この「自己のあけわたし」の表れだと考えられます。
自分の考えを確認することさえやめてしまった人が、他者と円滑なコミュニケーションを取ることなどできるはずがありません。
ましてや、自分でもわからない自分の心の中を、相手に推測し、受け入れてもらおうと期待しても、空しい結果に終わることは、最初から明らかです。
ではどうすれば「自己のあけわたし」を予防し、自分の言いたいことをしっかりと自覚したうえで、それを的確に相手に伝えることができるのでしょうか。
そのために必要なのは、「他人は自分とは違う存在」というきわめてシンプルな事実を再確認し、十分に配慮することです。
そのうえで、「この人とコミュニケーションをとりたい」という素朴でかつ強い要求をもつことです。
そして、多少の行き違いはあってもあたりまえと考え、ひとつひとつに深く傷つかないこと、この三点に尽きると考えられます。
今日からできる五つのこと
(1)「まず否定」のクセをやめよう
年代も違い、さらには性別も違う娘の考えていることなど、さっぱりわからない、これが親とりわけ父親たちの本音ではないでしょうか。
最初からそう決めてかかると、自然とそれが態度や表情にも現れるものです。
そして、娘のやることなすこと、さらには服装やその交友関係までを、まずは疑ったり否定的にとらえたりするクセが身についてしまうのです。
たとえば、娘が自分より遅く、夜12時近くに帰宅したとしましょう。
そこで娘を尊重している親なら、まずは「おかえり」とその帰宅を歓迎するはずです。
「遅かったね」「何してたの?心配したよ」
と尋ねたりとがめたりするのは、それからのことです。
ところが、「娘は理解しがたい存在」と日ごろから思っている父親は、
「おかえり」
のことばも笑顔もないまま、いきなり、
「何時だと思っているんだ」
と否定的なセリフを口にしてしまうものです。
あるいは、無言で娘に冷ややかな視線を送るかもしれません。
あなたにも心当たりはありませんか。
これでは、たとえその遅い帰宅の理由が残業であったり、友だちの悩みの相談に乗っていたからであったりしても、娘は説明する気さえ失ってしまうでしょう。
もしかすると、「ストーカーにつけられて怖い思いをしながら逃げていた」という場合もあるかもしれません。
そんなとき、娘と大切な話をするチャンスを奪うことで、取り返しのつかない結果になる場合もあるのです。
では、どうすればいいのでしょうか。
まずは、娘を信じ、ひとりの人間として尊重することです。
娘だって、何か考えや事情があって毎日、行動しているのです。
親をあざむいてやろう、親の目を逃れて悪いことをしてやろう、と思いながら暮ら転ている娘は、実はいないのです。
仮にいてもきわめて少数です。
「娘がやることはすべてあやしい」「とにかくロクなことは考えていない」 と思い込む被害妄想的なその発想を、今日からやめにしましょう。
(2)しつこくせずに、「いつでも聞くよ」とオープンな雰囲気を
娘という存在を認め、尊重したからには、じっくり話したい、その心を聞きたい、と思うのも当然の感情です。
ところが、どう話しかけてよいのかわからない、という父親も多いと思います。
あるいは、勇気を出して話しかけたら無視された、「放っておいてよ」と冷たく拒絶された、という経験をもつ人もいるかもしれません。
世代が違えば、コミュニケーションをとるのがむずかしいのはあたりまえです。
「職場では若い人ともスムーズに話せるのに」
と思う人もいるでしょう。
しかし、職場は「会社の利益をあげる」といった同じ目的をもった人たちの集まりだからこそ、世代や性別が違ってもある程度、話ができるのです。
また、上司や同僚などほとんどが共通の知り合いだから、話題にも事欠かないのです。
ですから、「職場の仲間より家族のほうがコミュニケーションをとるのは簡単」というのは、ある意味で大きな幻想なのです。
それゆえに、世代も性別も違う娘とは、いくらお互い尊重し合っていても、簡単にはコミュニケーションがとれないもの、と思うくらいがちょうどいいのです。
では、そのうえでどうやって意思の疎通をはかればよいのでしょうか。
大切な原則は、「なんだ、どうしたんだ」
としつこく聞きすぎないことです。
とくに、心がデリケートになる思春期には、おとなに、「どうしたの?」と問いかけられただけで、子どもは自分の胸の奥にまで踏み込まれたような嫌な感覚を味わうのです。
内心で、心配されてうれしい、という気持ちをもちながらも、「うるさいわね!」 と口答えしてしまうことも少なくないのです。
そういう場合は、食事どきや食後のリラックスタイムに、さりげなく
「最近どうだ? 何かあればいつでも聞くよ」
ということだけをさらりと伝えるのが、効果的です。
心の中で…いま話さなくてもいい、でも話したくなったときには話してほしい。
こちらにはいつでも聞く用意ができている‥。
そのことだけを思い、できれば伝えておけば、いつか娘から、
「ねえ、お父さん」
と話してかけてくれる日もあるはずです。
ですからその場では、「ほら、早く話せよ」 とせかさない寛太さが求められるのです。
(3)妙に迎合しないほうがいい
娘の関心を引くために、若者向けの音楽やドラマの知識を仕入れて、
「いまラップが人気らしいな」
などと話しかける父親もいます。
「オレだって知っているんだぞ」
という気持ちでしょう。
しかし、これは逆効果になりかねません。
娘や子どもたちに生半可な情報をわかったようにひけらかすものと受けとられてしまう場合が多いのです。
そんなおとなを若者はいちばん嫌うもの、ということを忘れないほうがいいと思います。
共通の話題を見つけたければ、素直に、
「最近はどんな音楽が流行っているの?」
と尋ね、
「お父さんは全然わからないんで、よかったら教えてよ」
と教えを乞うほうがまだいいでしよう。
その後で、
「最近はそういう音楽が主流なのか。
お父さんの時代にはハードロック一色だったよ。
トリノオリンピックの開会式で歌っていたピーター・ガブリエルなんて、お父さんが20代のときのヒーローだったんだ」
と自分自身の経験や体験を語れば、
「えーホント? レコード持ってるの? 聴いてみたいな」
しかし、ここで大切な問題があります。
日ごろ妻ともろくに口をきかない父親が、いきなり娘に、「なんでも聞くよ」と言ってみたところで、信用されるわけはない、ということです。
「何かあったら話してみろよ」とことばで伝える以上に大切なのは、次に述べるように、
ふだんから妻と十分にコミュニケーションを取っている姿を、家庭内で娘に見せておくことなのです。
そうすると娘は自然に、
「お母さんの話もあんなによく聞いてくれるんだから、私の話も聞いてくれるだろう」
と思うようになるはずです。
そういう父娘関係でいちばん鍵になるのは、逆説的に聞こえるかもしれないのですが、
「娘とどう向き合うか」ではなくて、「妻とどう向き合うか」なのです。
(4)娘とうまくやりたければ、まず妻とコミュニケーションを
「娘と妻が双生児のように仲がよく、間に入る余地がない」
という父親の話をよく問きます。
一見、仲よし母娘のようですが、実はこういう母親は、夫が自分のほうを振り向いてくれないからこそ、娘を同志にしている場合が多いのです。
娘ならまだいいとしても、驚いたことに、それでも満たされない妻たちは、家庭外の男性たちに救いを求める場合もあるのです。
「ウソだろう。ウチの妻にはそんな度胸はないよ」
とう人は、話題の書『セックス・レスキュー』(新潮社)を読んでみて下さい。
この本で紹介されている人類学者「キム・ミョンガン」氏は、性の相談所「せい」を開いています。
そこにはセックスレスで悩む妻たちが、毎日、大勢訪れます。
そういう女性にキム氏が自信回復のための「リハビリ・メイクラブ」を勧めます。
そして、相手がいないと言う人には「奉仕隊」と呼ばれる男性を紹介するのです。
そう知らされると夫たちは、「それは不貞だろう!」と色めきたつかもしれません。
あるいは、「その奉仕隊に入れば人妻とつき合い放題なの?」と下世話な興味をもつ人がいてもおかしくありません。
にわかには、その存在も信じられない「奉仕隊」ですが、実は定期的に公募され、選ばれているのです。
「とにかく女とヤレる」といった男性ではダメで、性的技量よりも、夫とのセックスレスなどで自信を失い助けを求めている女性を救いたい、という使命感や包容力が求められるようです。
あくまで「リハビリ」のためのセックスなので、そこから恋愛に発展するのはタブーです。
こういった条件の下、毎回、競争率は、5倍程度になり、常に30~40人の男性が「奉仕隊」として活動しているのだといいます。
ジャーナリストとして日米両国で活躍する著者は、まず日本のセックスレスの実態とそれが女性たちに与える影響の深刻さに驚きながら、
キム氏のもとにカウンセリングに訪れる女性たちの心の叫びをリアルに伝えます。
そして、驚くべき「奉仕隊」の存在を紹介しながら、その助けを借りて立ち直った女性ばかりではなく、
一方で「奉仕隊」と出会ってかえって心の揺れが大きくなった女性やついに「奉仕隊」を受けられなかった女性がいることも措いています。
それにしても気になるのは、妻たちの置かれているこの状況を肝心の夫たちはどれほど知っているのか、ということです。
「奉仕隊」を利用した妻のひとりがひさびさに心身ともに男性に受け入れて1第6章l私が「少女」だったころもらうという経験をしたあとで、著者に対して以下のようにつぶやく箇所が印象的です。
そのつぶやきとは、
「私、気づいたんです。本当に抱きしめられたいのは、夫になんだって」
妻たちが求めているのは決して身体の満足などではなくて、
「ひとりの女性、人間として夫に認めてもらいたい、向き合ってもらいたい」
そして
「悩みや迷いがある自分を抱きとめてもらいたい」
ということなのです。
もっと簡単に言えば、「私をちゃんと見て」ということでしょうか。
逆に考えれば、妻たちの多くは、日ごろ、いちばん身近にいるはずの夫に自分をしっかり見てもらっていない、と感じて、孤独感や不安感を募らせでいるのです。
そういう妻たちが、夫に蔑りをつけて自分の娘や息子、韓流スター、さらにはホストや「奉仕隊」などに癒しを求めたとしても、夫には文句を言う権利はないでしょう。
しかし、母親の「心の逃げ場」にされる子どもたち、とくに双生児的な関係を求められる娘にとっては、これは必ずしも好ましいことではありません。
ある20代の女性は、以下のような話をしてくれました。
子どものころから「母娘べったり」の関係を続け、これまでは自分でもそれを心地よいと思っていたのだが、
最近になって、「なるべく近くの人と結婚してね」などと結婚にも口をはさむようになってきた。
ふと気づくと、これまでも学校の選択から友だちの好き嫌いまで、すべてに母親は口をはさみ、ときには「こうしたら?」と指図することもあった。
自分は母親の人形として、言うなりに生きてきただけだったのだ…
娘とこれほどまでに密着した関係になる母親の多くは、夫とはほとんど会話すら交わさずに日々を暮らしているものです。
別の密着型母娘の母親に夫との関係について尋ねると、吐き捨てるようにこう言いました。
「夫?ああ、いまでは家具のようにしか見えません。
まじめな人でお給料はちゃんと入れてくれるから離婚しようとは思いませんが、いったい何を考えてるのか‥。
もちろん向こうも、私が最近、どんなことを考えているのかなんて、いっさい知らないし興味もないと思いますよ。
でもその分、娘とは何でも話し合えるからいいんですけれどね。
娘もお父さんきらい、って言ってますし」
この母親が、「給料を運ぶだけで自分に関やをもってくれない夫」との生活のなかで不満を抱き、それが娘への過剰な依存を生んでいることは明らかです。
しかし、「家具としか思えない」という段階に至っては、夫との関係の修復はなかなかむずかしいでしょう。
夫に対して、
「奥さんをもっと見てあげてください、コミュニケーションをとってあげてください」
と言うと、
「いったい何を話せばいいのか」 と困ったような顔をする人がいます。
「正直言って、子どもは大切だけれど、妻には愛情を感じません」
とはっきり口にする人(夫)もいます。
しかし、あなたが妻を放っておくことで、妻と娘の関係がどんどん濃密なものとなり、
結果的に大切な娘の人生までむしばんでしまうこともあるのです。
(5)妻や娘は夫の言葉を待っている
話題がないなら、娘に対してと同様、「何でも聞くよ」という姿勢を見せるだけでもいいのです。
おそらく、どの妻も
「もっと話したい、もっと開いてほしい」
と思っているのです。
いちばんそばにいる夫に、「何かキミのことを開かせて」と言われて、うれしくない女性はいないはずです。
妻と少しでも深いコミュニケーションがとれるようになれば、発見もたくさんあるでしょう。
これまで、「食べることとおしゃれにしか興味がない」と思っていた妻が、実は、
「ボランティアに興味をもち勉強をはじめていたこと」
「社会の動きに対していろいろとユニークな意見をもっていること」
そして、いまでもときには少女のように傷ついたり揺れ動いたりしている、ということなどを発見することができます。
夫が、
「そうか、食べてテレビでも見ていれば満足、と思っていたのは間違いだった」
と気づくころには、見慣れたはずの妻がいきいきとした魅力的で個性的な女性に見えてくるのではないでしょうか。
妻たちは、夫を毛嫌いして、娘や俳優、あるいは不倫相手に依存しているのではないのです。
いちばん向き合いたい相手、コミュニケーションをとりたい相手は、あくまで夫なのです。
同じ家に住んでいるのにわかってもらえない…。
そんな絶望的な孤独に妻たちを追い込んでいるのは、ほかでもない夫である男性たちなのだ、ということをわかってほしいのです。
妻は、夫(あなた)が自分を見てくれるのを待っています。
そして、娘も自分の父親と母親がしっかりコミュニケーションを取り合い、理解し合ってほしい、と願っているのです。
両親がお互いを個人として尊重し、慈しみ合っている姿を見れば、娘はその雰囲気のなかで安心し、自然と父親にも心を開くことは間違いありません。
妻や娘たちがほしいのはお金でも洋服でもなく、父親であるあなたのほんの少しの勇気と理解なのです。
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