子供が不登校になった場合
思春期の子どもの心不登校の原因をひとつに集約することはできません。「特定の原因」などは存在しないのです。
不登校のタイプは、不登校の数だけ存在します。親は子どもが不登校になって、学校へいき渋るようになってもあせってはいけません。また、それをけっして恥じてはいけません。
自分の子どもを信頼すべきです。
さらに、早期になんらかの対策を講じる必要もあります。
子どもは「それでいったいなにが変わるんだ」というかもしれません。
たしかになにも変わらない部分も存在します。
しかし、不登校の原因がはっきりしないのと同じように、子どもの状態が改善するきっかけもよくわからないことが多いものです。
不登校の子どもは、いずれなんらかの形で社会参加を果たしていきます。私たちにできることは彼らに進むべき指針ではなく、選択肢を示すことだと思います。
不登校の子どもの将来がそれほど悲観すべきことではないことがわかっています。
20歳になるまでに正社員として就労している人、専門学校へいっている人、大学生になった人、アルバイトをしながら将来を模索している人など、それは人によって違いますが、私が会った多くの不登校の子どもたちはなんらかの形で自分の道を歩んでいます。
学校へいく、いかないで騒ぎたてるよりも、いまを受け入れ、これからの人生を共に考えていくことのほうがはるかに意義深い有効な手段となり得るのです。
まだまだ多くの親たちは学校へいくことが当たり前と考える世代です。
そのような私を含めた世代にとって、学校へいかないことは、なにかとてつもない挫折をしたような感覚にとらわれてしまいます。
親の世代が子どものころに身に沌み込んだ「学校へいくのは当たり前」という感覚は、容易に変わるものではありません。
しかし、たとえば私が子どものころに携帯電話がこれほど普及し、インターネットが一般的になるなど夢にも思っていませんでした。
世界は劇的に変貌していくものなのです。
それと同じとはいわないまでも、やはり子どもを取り巻く価値観や社会の相対的なあり方は相当に変化しています。
不登校が珍しかった時代から、クラスにひとりは不登校の子がいる時代になったのです。
親はけっしてあせる必要はありません。
「うちの子どもは、少し学校というものが苦手なのだ」と考えればよいのです。
運動が苦手、勉強が苦手という子どもがいるのと同じように、不登校の子は学校へいくのが苦手なのです。
子どものときに運動や勉強が苦手でも、大人になればそれなりに社会人として立派にやっているように、学校へいくのが苦手な子どもたちも、大人になればちゃんと社会に適応していくのです。
むずかしく考えることはなく、いま自分の子どもになにが必要なのかを吟味してあげてください。
あせることなく、急かすことなく、責めることなく接してください。
子どものエネルギーは、私たち大人が考えるよりはるかに大きく、柔軟でしなやかなものです。責めるより子どもの可能性を信じることからはじめましよう。
たとえ学校へいかなくても、私はかまわないと思っています。たしかに勉強は遅れます。
親も子どもが家にいることで将来に不安やあせりを感じるでしょう。
けれども学校にいけないものはいけないし、無理強いしても、なにもいいことはありません。
子どもは親が考えているよりも大きなエネルギーを持っています。
不登校が長引けば、将来はどうなってしまうのでしょうか。先ほど述べたように不登校の子の将来は悲観的なものではありません。
不登校を経験した人が中学卒業から20歳でに、なんらかの就労、あるいは就学という形で社会参加しているケースは実に80%にも上ります。
親は不登校が長引いていたとしてもそれほど深刻になる必要はないのです。
繰り返しになりますが、子どもを信頼することが親の態度として必要なのです。
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